江戸川簡易裁判所 昭和48年(ハ)100号 判決 1974年3月25日
原告 兼松保夫
右訴訟代理人弁護士 森虎男
被告 森ノブ子
右訴訟代理人弁護士 石井嘉雄
主文
被告は原告に対し、別紙目録記載の建物の賃料は、昭和四八年八月一日から一か月金五五、〇〇〇円であることを確認する。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を被告、その余は原告の各負担とする。
事実
一、当事者双方の申立
1 原告
被告は原告に対し、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)の賃料は、昭和四八年八月一日から一か月金七三、〇〇〇円であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。旨の判決を求める。
2 被告
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。旨の判決を求める。
≪以下事実省略≫
理由
一、原告は昭和四五年一〇月二六日競落により本件建物の所有権を取得し、前所有者であった訴外牧野初枝と被告間の本件建物の賃貸借(昭和四三年三月六日契約、賃料一か月金四〇、〇〇〇円毎月末日限りその翌月分持参払い、期間昭和四六年四月三〇日までとする)の賃貸人の地位を承継したこと、その後原告は被告に対し、昭和四八年七月一七日到達の書面により同年八月一日からの賃料を一か月金一〇〇、〇〇〇円に増額改定する旨の意思表示をしたが、被告は不服として右八月分以後の賃料として従前どおり月額金四〇、〇〇〇円の割合により弁済供託していることは当事者間に争いがない。
二、被告は原告の右増額請求の適否を争うので検討する。建物の賃貸借において借賃が土地若しくは建物に対する諸税、その他の負担の増減に因り、土地若しくは建物価格の昂低に因り、または比隣建物の借賃に比較して不相当となったときは、当事者は一定の期間借賃を増額しない旨の特約がない限り、増減請求ができることは借家法第七条の明定するところであり、増減請求時に右事由の一にでも該当するときは、右請求時以後の借賃はその適正額につき形成的効力を生ずるものと解すべきである。しかして右適正賃料の算出については一般に利廻り採算方式(増減請求時の建物の復成価格、底地価格にそれぞれの適正利潤率を乗じた加算額に地代その他の諸費用を加えて算出する)によるいわゆる積算賃料、スライド方式(従前の借賃を基準とし、その決定時から増減請求までの経済変動率を乗じて算出する)によるもの、比隣類似建物の賃料と比較して定めるもの(比準賃料)、それらを併用または総合して算出する等種々試みられているが、思うに継続的賃料の決定に当っては、従前の賃料を基準として賃料決定の事情、その後の経済変動、地代、諸税その他負担の増減、比準賃料等を合理的に考量して定めるのを相当とする。
三、これを本件についてみると、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は国鉄総武線新小岩駅(快速電車停車駅)北口の西方約一三〇メートルの地点、幅員約五メートルの舗装道路に面して所在し、付近は飲食店、旅館、遊戯場、日用品小売店等存する商店街であるが、北方に車輛交通の混雑する放射一四号線道路があって背後地を遮断し、前面道路は南方約五〇メートルで行止り、昭和四八年一〇月当時までは大同製鋼株式会社の大工場が存したが、その後他に移転して空地となり、同駅南口に比して数段劣ること、本件建物は昭和三五年一月の建築でコンクリート基礎、スレート瓦葺、外部モルタル塗りで、内部の大部分はベニヤ板張りの上にマットを張って使用され、数次の内部改造が施されてその使用材料、施行の質、量等からみて下位の建物であること、さらに建物の管理保全も良好でなく、若干の雨漏り、損傷個所も見うけられ、修理を前提として経済的耐用年数は今後五年間を相当とするものであること、
被告は昭和四三年三月前賃借人訴外南相学に対し、金一、五〇〇、〇〇〇円を支払って本件建物の賃借権および内部造作を譲り受け、当時の賃貸人訴外牧野初枝に対し金一〇〇、〇〇〇円を支払って右譲渡の承認を得、賃料一か月金四〇、〇〇〇円で賃借し、多額の費用を投じて内部改装、模様替を施して現在階下を調理室、更衣室、便所、二階を客席として(公簿上居宅兼店舗)バー営業に使用しているが、顧客は前記大同製鋼の社員が多かったため、工場の転出後減少していること、なお被告は原告に対し、昭和四六年当時名義書替料名義で金一〇〇、〇〇〇円を支払い、その後本件増額請求の直前ころ、原告は被告の夫茂に対し本件建物の賃料を昭和四八年八月分から月額金五二、〇〇〇円に増額する旨申入れたこと、建物の修理等はいつも賃借人側がその費用負担で施行していることが各認められ、右認定に反する証拠はない。
四、さらに≪証拠省略≫によれば、本件建物の昭和四八年八月一日当時の前記積算賃料月額は金五一、三四一円であり、被告が賃借した昭和四三年三月の賃料月額金四〇、〇〇〇円を前提としてその後昭和四八年八月までの東京都区部の消費者物価の変動により修正した金額は総合で月額金五八、〇〇〇円地代建物の場合月額金五六、二五〇円であり、前記比準賃料月額は金五六、二五〇円であること等を考量して、本件建物の昭和四八年八月一日以降の継続支払賃料は一か月金五五、〇〇〇円が相当であると評定し、さらに原・被告間には昭和四六年四月三〇日期間満了時に更新料の授受がなかったから、比隣の建物賃貸借において慣行的に授受あるという更新料を、前記経済的耐用年数である五年間に償却することとして算出した月額金一八、〇〇〇円を、右評定額に加算した金七三、〇〇〇円とするのが妥当であるとしているが、右更新料名義の金員の授受は当事者間に合意がある場合は兎も角、賃貸人の権利として法律上当然に請求し得る筋合のものではないと解するのみならず、本件建物の賃料が多額の敷金の差入れ、または権利金の授受があって特に低廉に定められている等の事情については認めるに足る証拠のない本件においては、右更新料名義の金額を加算することは相当でない(昭和四八年八月当時の本件建物の利廻り方式による積算賃料、スライド方式による賃料、比隣賃料が前記のとおりであることからも、右更新料の加算は適正でない)。
以上認定の諸般の事情を総合考量して本件建物の昭和四八年八月一日からの客観的賃料は一か月金五五、〇〇〇円が相当であると判定する。
五、よって原告の本訴請求中右金五五、〇〇〇円の限度においては理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤真)